原爆から学ぶ、広島市街の旅

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週末、宮島~広島~呉と旅行に行ってきました。

今回も欲張って超タイトな旅を敢行しました。詳しいタイムスケジュールはこちら。

 

最初に行った宮島旅行記はこちらに書いております。

 

宮島で昼食を済ませた後、広島市街地を周りました。

そして改めて、広島の街はなんて素晴らしいんだろう と思いました。

不覚にも、この感動をなんとか伝えられたらなぁ、と思っています。 

 

戦争の爪痕を大切に残して平和を願う

原爆にまつわる場所は平和記念公園の中がメインかと思っていたら、行く先々で見かけ、どれも大切に残されていました。中年になって行った自分が言うのもなんですが、誰もが生きている内に、できれば若い内に訪れた方がいい街です。

 

後で触れますが、道を間違えて(それに気づかず)歩いていたら、見事な紅葉を見つけました。うっとり眺めていたら、旧日本銀行広島支店 でした。足元の説明書きに、原爆投下の翌々日から銀行業務を再開して人々を支えたとあり、あの大惨事の中、それぞれができることをして必死に踏ん張ってきたと思うと、胸が熱くなりました。深紅に染まる紅葉に心を打たれます。

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原爆ドームは修繕中でした。一時はドームを辛い記憶と共に壊してしまおうという意見もあったそうですが、残し語り継ぐ道を選び今に至ります。壮絶な傷跡と共に暮らしても、世界に平和を訴える道を選んだ広島の人々の覚悟に言葉も出ません。

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(この辺りからみんな無言)

平和記念公園に入ると、平和の鐘 がありました。筆舌し難い、静かな重い音色が、長い間鳴りやまずにいました。

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世界中から送られた、平和を願う折り鶴がぎっしり

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原爆の子の像 の石碑文「これはぼくらの叫びです、これは私たちの祈りです、世界に平和をきずくための」、想いがシンプルに力強く迫ってきます。

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平和の灯 を通り過ぎ、原爆死没者慰霊碑 の前でおばあさんが長い間祈っておられました。一緒に手を合わせたら、涙が止まりませんでした。

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今回の旅行の一番の目的が 広島平和記念資料館 です。この年まで怖くて行けなかったのですが、行きたいと声を挙げた我が子に感謝です。

感想は、、、もう何も言いますまい。

 

翌日 広島城 を散歩したら、巨大なユーカリの木がありました。こんなおばけユーカリはじめてみました。間近で見ると幹がうねるように方々に伸びています。

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このユーカリ、原爆を生き残り、今日まで75年間生き続けているのです。長い年月を象徴するかのような大木は、街の苦しみ、復興までの道のりを見てきたのだと思います。

 

細長い葉とは別の枝から、よく見かける丸い葉が出ています。不思議です。

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広島の街は、方々に原爆の爪痕を大切に残していて、街中で二度と過ちを犯してはいけない、平和への切実な願いを発信している、本当に素晴らしい場所でした。

 

こうした爪痕と共に暮らすのって、時には苦しく押し潰されそうになるんじゃないかな。それを受け入れて穏やかに暮らす、広島市民の強さを見た気がしました。

 

広島の街は、道幅も施設もどことても広々としてゆとりを感じます。街中に他の都市では見かけない大木があります。楠、黄色い葉のイチョウ、、被爆後の焼け跡に芽吹いた新たな命を大事に育ててきたかのようです。

 

広島、心から行ってよかったです。願わくば世界中の人に見てほしい。 

 

 

まとめ

いかがでしたか?

 

広島、すばらしい街でした。

原爆の恐ろしさを後世に語り継ぎ、平和への願いを静かに呼びかけている街。

街の復興と共に育ってきた大木たち。ゆとりある街並み。

行ったことのない方は、是非足を運んでみてください!

 

続編でグルメや他のみどころについても紹介しています。よろしければご覧ください。